憑物落とし編

小学生の時に収集していたシールコレクション台帳をめくっていたら96年かそこらのプリクラも収められており、そこに写っている自分の顔がいかにも90年代ふうで驚いた。子供なのに。当時から時流に乗るのを面倒臭がる方だったのに。小学女子特有のイケズな感じなどもばっちり出ており、なんだかスクールカースト上位そうな、ここまで現在と離れていると取り乱すこともなく、「ほほう」という感じで眺めていた。


写真ネタもう一個いこう、こっちはあまり愉快じゃない話。
曽祖母が死んだ時、大学にほとんど行かなくなった辺りであったころ、葬式後帰宅した父が「見るたび涙が出る写真があって、」と私が5歳くらいの写真を出してきて、写真自体はなんて事のない、単にカメラ見てにこにこしてるようなやつだったと思うが、父はその写真にか曽祖母が死んだ事にか泣いており、私は父が泣いているというショックとそこに写っているであろうのとは随分かけ離れて親に失望させているものになっているという事に、横にいて父につられたように涙が出たが、泣きながら「今すぐその写真か私の存在自体を忘れてくれ! もしくはその写真を見て泣いてもいいけど、私にそれを教えて欲しくなかった!!!」と強烈に思っていた。今も後のやつは思っているな。あーこれやっと書けた。ほんとこれ、一生忘れんと思う。
小さい生き物が可愛いのは道理だけど、かつて小さかった時の可愛さを本人に言うの、私はやめておきたい。自分の赤ちゃんの時や小さい時の可愛さについて言及されている時、おそらくこれは一般的な感覚ではないと思うけど、私は子供の頃の自分を人質に取られているような気がする。なんかこの辺りに魚の目の根っこがあるようなんだよな。